columnコラム

Culture

運動器のリレーエッセイ・「運動器」~古くて新しい言葉~

 運動器という言葉は、私たち整形外科医にとっては慣れ親しんだふだん使いの言葉ですが、一般人、あるいは、整形外科に関係しない医療関係者にとっては、なかなかわかりにくい言葉かもしれません。試しに連れ合いに聞いてみました。

「呼吸器って知ってる?」

「知ってるわよ。肺でしょ」

「循環器って知ってる?」

「心臓でしょ」「消化器は?」

「胃や腸よ」「泌尿器は?」

「膀胱!」

「じゃあ、運動器は?」

「うーん・・・・、あなたがいつも言っているけど、よくわからないわっ」と呆れ顔でつれない言葉が返ってきました。

 当協会が毎年行っている認知度調査(2020年)(注1)をみても呼吸器、循環器、消化器、泌尿器の認知度は軒並み90%を超えていますが、運動器の認知度は50%に過ぎません。まだまだ、多くの人々に「運動器」という用語が浸透するには至っていないようです。ひょっとしたら新しい用語なので普及していないのでは、と思い、その由来を調べてみました。

 慶応義塾大学整形外科教授であった前田和三郎博士が著した『前田整形外科學』(南江堂、1936年)の序文にはこのような記載があります。「本書の内容は『日本に於ける整形外科の現況』を正しく示すことにある。即ち各論に於いて之を運動器系統の疾患、畸形及び変形、外傷、整形外科とスポーツ……」とあり、当時すでに「運動器」の用語が用いられていたことがわかります(注2)。「運動器」という言葉は、80年前には誕生していたことになります。昨日今日出てきた言葉ではないことがわかりました。

 それから、80余年、医学の進歩につれ、整形外科も大きく進歩しました。新しい治療法、手術法、機器がどんどん開発され、新たな基礎的な知見も積み重ねられてきました。整形外科の教科書もどんどん分厚くなってきました。そんな中でやや取り残された感のあった「運動器」にようやくスポットが当たったのが、20世紀最後の頃でしょうか。ちなみに、web上の某検索サイトで「運動器」で検索してみると、約2億件がヒットしました。運動器の健康は、健康寿命の延伸に寄与しそうです。新型コロナ禍で自宅にこもりがちな日々、運動器の健康維持は喫緊の課題です。しかし、認知度は50%とまだまだです。当協会の仕事も道半ばと言わざるを得ません。皆様には、もうしばらくのおつきあいをお願いいたします。

文・三上容司 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院 副院長

注1・運動器の健康・日本協会ホームページ

注2・濵 弘道:『前田整形外科學』(1936年刊)にみる先見の明 整形外科 66:252、2015.