インタビュー 2021.09.09

元バレリーナ・吉田都さんに聞く「バレエと運動器の関係性」

新国立劇場バレエ団『ライモンダ』2004年講演より。 撮影:瀬戸秀美 / 提供・新国立劇場

 

日本の劇場はケガしやすい

でも、それを続けると、ケガも増えませんか?

吉田 小さなケガはいくつもしてきました。ダンサーにケガはつきもので、仕方ないところもあるんですが、一番辛いと思ったのは、成長期の膝の痛み。半年くらいバレエを休みました。でも、それ以来、膝は引退直前に傷めた程度で、一度も問題は起きませんでしたね。

20年以上もトラブルなしで来られたんですね。

吉田 バレエは膝をねじる動きが多く、それで故障しがちなんです。そこで膝をねじらずに使う方法を色々と考えたんですが、やはり無理だったので、違った視点から対策することにしました。例えばねじっても膝に負担がかからないよう、ほかの筋肉で膝関節を守る方法を模索してみたり。

整形外科医の観点から言えば、関節を傷める人は、体のバランスが悪かったり、関節に負担がかかるような体の使い方をしていたりすることがほとんどです。ですから吉田さんのように、関節に負荷がかかり過ぎないよう意識して生活するのはとても大事です。

吉田 バッグのかけ方一つで体のバランスが崩れるという話を知って、昔は左右両方の肩に交互にかけるように気をつけたりもしていました。

それは素晴らしい心がけですね。ところで、吉田さんは国内外のさまざまな劇場でバレエを演じてきたと思いますが、“ケガをしやすい舞台”というのはあるんでしょうか?

吉田 ありますね。日本の劇場の舞台は踊ることを目的にしていないからか、本当に硬いところが多いです。私が引退直前に膝を痛めたのも、この床の硬さが原因かなと疑っています。国内のダンサーはもちろん、海外から日本公演に来るダンサーたちの間でも「日本の床は硬すぎて危ないから、あまり高くジャンプしないほうがいい」なんて言われているほど。その点、新国立劇場は日本で唯一、快適に踊れる床になっていると思います。

それは知りませんでした。今後、バレエ文化を日本に定着させるためには、解決すべき重要課題の一つになりそうですね。

バレエは転倒予防に最適?

ところで最近、「大人バレエ」など、中高年に向けたバレエ教室が盛況のようです。整形外科医としては運動器の健康にも良いことだと思っているんですが、こうした状況をどう見ていらっしゃいますか?

吉田 昔はバレエ・スクールというと子ども中心でしたが、最近はジムで年齢を問わずバレエを習えますから、とてもいいことだと思います。実際、バレエをやると姿勢がよくなるし、柔軟性も上がります。加えて、体幹も鍛えられますから、老後に必要なしなやかな体が作れると思います。もちろん、無理は禁物ですけど。

超高齢社会を迎え、いま「転倒予防」の重要性が叫ばれています。筋力が低下した高齢者は、転んで骨折したり、ケガをするだけで寝たきりになる危険性があるんですね。それを防ぐには、体のバランスや柔軟性が大事なんですが、バレエはまさに究極のバランス運動とも言えそうですね。

吉田 まさに。先ほどお話したように、一時期、トレーニングをやめてしまったのですが、運動を再開して気づいたのが、片足でかかとをあげてバランスを取るのがいかに全身の筋肉を使うか、ということでした。現役の頃は意識せずにやっていたんですが、片足でバランスを取るってこんなに大変なんだ、と最近になってわかりました。

 日本のバレエ指導の問題点

吉田さんのように、幼少期にバレエを始める人は多いと思いますが、開始年齢が早いと、スポーツ傷害をきたす可能性も高くなります。いま日本で行われているバレエ指導において、懸念されていることはありますか?

吉田 そもそも、日本にはバレエの先生の資格が存在しません。なろうと思えば誰でもなれるので、実は危ないんです。

え? そうなんですか!?

吉田 そうです。最初にどういう先生につくかによって、その子のバレエ人生がガラリと変わってしまいます。これって怖いことで、バレエの知識や実力が未知数でも、宣伝が上手で口がうまい先生がいれば、“良いバレエスクール”として人気が出たりするわけです。

それはちょっと、絶句してしまいます……。何か今後、対策が必要でしょうね。

吉田 絶対に必要だと思います。それと、日本ではすごく小さいころからトウシューズを履かせることも問題です。まだ成長過程の子がトウシューズで踊ると、足と足首だけでなく、体全体に悪影響が出かねないんです。でも、子どもは履きたがるし、親も履かせたがる。人によっては「トウシューズを履かせてくれないなら、よその教室に行きます」なんて言う親御さんもいるようで。生徒をつなぎとめるために仕方なく履かせている教室もあると聞いています。

トウシューズへの憧れはわかる気がしますが、体への影響を考えると、それまた大きな問題ですね。海外も同じですか?

吉田 英国の場合で言えば、まず子どもにはトウシューズは売らないですね。そもそも子ども用のトウシューズ自体を作っていません。まずはバレエシューズで練習して、成長して体ができてからトウシューズを履く、というのが世界的には常識的な流れです。

まだ骨も筋肉もできあがっていない状態だと、本当に危ないですね。

吉田 そうなんです。日本の場合、バレエというと子どもの“発表会”のイメージが強く、さらに資格がなく誰でも指導者になれる、ということも相まって、かなりおかしな状況が生まれています。バレエの人気は高まっていて、バレエ人口そのものはどんどん増えています。だからこそ、そのあたりの問題をしっかり正していかないと、子どもたちのその後の人生にも問題を及ぼしかねないな、と危惧しているところです。

最後に、バレエに携わるなかでの座右の銘と言いますか、吉田さんが大事にしている言葉はありますか?

吉田 今回、私が新国立劇場の舞踊部門芸術監督に就任する際に、ロイヤル・バレエ団の芸術監督などを務めたピーター・ライト卿に贈られた「Respect the past, Herald the future, Concentrate on the present」という言葉はいつも心に刻んでいます。過去をリスペクトしつつも、先駆者として今この瞬間の自分に集中せよ、というような意味です。

いわゆる“伝統と創造”というやつですね。

吉田 はい。過去の作品を大切にしつつ、新たな試みも必要です。ただし、前に進みすぎても、観る人を置き去りにしてしまう。今のバレエ団に何が必要なのか、この言葉を胸に、常に考えながら仕事を続けたいと思います。

(取材・文◎田代智久 撮影◎西﨑進也)

 

■吉田都舞踊舞台監督作品 公演のご案内

©Takuya Uchiyama

 

新国立劇場バレエ団

『白鳥の湖』〈新制作〉

公演期間:2021年10月23日[土]~11月3日[水・祝]

予定上演時間:約2時間50分(休憩含む)

会場:新国立劇場 オペラパレス

振付:マリウス・プティパ/レフ・イワーノフ/ピーター・ライト
演出:ピーター・ライト
共同演出:ガリーナ・サムソワ
音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー

出演:新国立劇場バレエ団

料金(10%税込):S席14,300円/A席12,100円/B席8,800円/C席6,600円/D席4,400円

チケット発売中

 

 

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