インタビュー 2022.06.14

モーリー・ロバートソンさんが語る「心の筋肉」の鍛え方。

柔軟に心の筋力を鍛えていく

 現在は、新型コロナウイルスの蔓延や露のウクライナ侵攻などもあり、テレビで国際情勢について解説を求められる機会が増えています。そこでよく話題になるのが、変わりゆく世界の中で、日本はどうすべきか、ということ。

 この30年間、世界は動いているのに、日本だけは「国境の外で起きていることは関係ない」とばかりに内向きのスタンスで来てしまいました。経済は停滞し、給料も上がらない。文化的にもガラパゴス化が進行し、グローバルな潮流を遮断してきた節があります。でもいまやSNSを通じて多種多様なムーブメントが世界規模で同時多発的に巻き起こり、日本にもそれがどんどん押し寄せています。

 僕が日米を往復していた80〜90年代はインターネットがなかったので、現地に行かなければ何一つできませんでした。そんな時代には、日本は日本の流儀を押し通せた。けれど、今はもうグローバルな流れを押し止められなくなっています。

 つまり現在は、幕末のような環境異変が起きてる状況なんですね。時代が変われば、価値観も当然変化します。だから日本企業などで、昭和時代の成功体験を胸に昇進に命をかけ、定年まで勤め上げることを至上とするようなタイプ。―言い換えればスキルや価値観をアップデートできない中高年世代にはツラい時代なわけです。部下に「彼氏(彼女)できた?」なんて聞くだけでセクハラ扱いされ、仕事では「Excelも使えないんですか?」とバカにされ。笑い話で済めばいいけど、鬱々としている人もいるんじゃないかと思います。

 こういう環境異変が起きている時に、暗くならずに前向きに生きるには、やっぱり時代の変化を正しく知ろうとする姿勢が大事です。例えば何かプレゼン資料を作るときに「俺は絶対Wordでしか作らない」とか、キャッシュレス時代と言われても「現金しか使わないぞ」なんて頑迷固陋な人、けっこういますよね。一つのフォーマットにしがみついていれば、確かにラクで失敗もないかもしれないけど、実は自分の行動範囲をどんどん狭めることになります。

 僕は、人間にはクリエイティブな部分にも筋肉はあると思うんです。ものを柔軟に発想し、挑戦する筋力・バネ。もちろん、これは体の筋肉と同じように日々の反復や訓練がなければ低下するし、可動域も狭くなっていきます。逆に、普段から鍛えて心のバネを持っている人は、環境異変が起きたときに、それを新たなチャレンジの機会ととらえて前向きに楽しむことができるはずです。

 こうした心の筋力を鍛えるには、自分の得意分野の中だけで動き回るんじゃなくて、そこから一歩踏み出してみることが大事かなと思います。自分のことなんて誰も知らないような場所に飛び込んで、あえて不便で、不器用な思いをしてみるとか。

 例えば、僕は知らない世界を知るのが好きな性分なので、今は四苦八苦しながらストップモーションアニメの制作に挑戦しています。あと、将来的にはキレッキレのダンスができるようになったら楽しそうだなぁ、なんて考えたりもします。今でこそ、メディアを通じて僕の名前を知ってくれている人も増えました。英語もできるし国際情勢の分析も得意です。でも、もしジムやダンススタジオに初めて行けば、当然ながら僕はそこでは最初、ただの”踊るのがヘタクソな人”になるはず。でも、それでいいじゃないですか。自分のできる部分とできない部分の落差を直視し、謙虚になること。これが心のバネを育てる原動力になると思うんですよね。

取材・文◎田代智久 写真◎濱口太

※この記事は『Moving 44号』(2022年6月1日発行)の巻頭インタビュー「私と運動器」に掲載したものです。

 

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