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運動器のリレーエッセイ:モータースポーツはスポーツか?

 

運動器の健康について、専門家による面白リレーエッセイを新連載いたします。

 F1をはじめとするモータースポーツはスポーツではないという人がいます。そういう人たちの論理は、レーシングドライバーは車に座って運転するだけだから。しかし、レーシングカーの運転は乗用車の運転とは全く違います。例えば、長い直線後のカーブ直前にはフルブレーキを掛けますが、F1にはブレーキアシストもABSもありません。車重650kgに加えて、空力によって最大12,500N(1,275kg重)ものダウンフォースが掛かりますのでブレーキングの初期には強大な踏力が必要です。しかしスピードが落ちるに従ってダウンフォースは速度の二乗に反比例して減りますので、そのままの踏力ではタイヤがロックしてしまいます。ブレーキを力一杯踏みながら速度に合わせて微妙にコントロールできる筋力が必要です。

 また、コーナリング時の横Gは4~6Gにもなり、頭は、頭+ヘルメットの重量の4〜6倍の力で横向きに押されるのです。この力に逆らって頭を支えるためにドライバーは首の筋肉を鍛えるので、F1ドライバーの首は皆とても太いです。加減速時の前後方向のGも大きく、もし普通の人がF1に乗せてもらうことができたとしても、加速時には空しか見えず、減速時には車の床しか見えないと言われています。

 さらに全身を二重の耐火服とヘルメットでかためて、空気抵抗を減らすために空気の出入りの全くないコックピットに深く潜り込んで走るので、コックピット内の温度は50度以上にもなり発汗によって1レースで4~5リットルの水分を失うと言います。緊張を保ち全身の神経と筋肉を常に活動状態にして情報処理能力を高く保つために運転中は平常時の5倍にも達するアドレナリンが放出され、心拍数は最低150から最高205程度までの間を上下します。またドライビングポジションは半分寝そべって座面の前を上げ膝下を水平にした姿勢であるため、フルブレーキング時には800ccもの血液が一気に脚に集まり戻ってこなくなるなど心臓にも過酷な負担がかかります。

 レーシングドライバーに必要な要素として、技術・感覚・思考力・判断力などが挙げられますが、それ以上に強靭な肉体がなければ過酷な条件下で、305kmを平均速度210~260km/hで走ることはできません。F1ドライバーは専属のフィジオセラピストと契約し常に筋力と持久力の向上に努めています。

 モータースポーツはスポーツです。信じられない方は、一度カートに乗ってみることをお勧めします。200cc、5馬力程度のレンタルカートでも1.5Gぐらいはかかります。多分最初は30分も保たないでしょう。

文:松下隆 公益財団法人運動器の健康・日本協会専務理事/福島県立医科大学外傷学講座・主任教授/総合南東北病院外傷センター センター長)