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運動器のリレーエッセイ・声楽家もアスリートだ!

 スポーツと音楽は密接な関係があります。秀でたパフォーマンスには音楽の基本でもあるリズムが欠かせません。2006年のトリノ冬季オリンピックで荒川静香さんがプッチーニ最後のオペラ「トゥーランドット」の有名な「誰も寝てはならぬ」でイナバウアーを決めたことは記憶に新しいところです。

 音楽芸術の中でも、歌う、という行為はスポーツに近い身体活動のように思えます。発声は声帯の振動でもたらされますが、オペラ歌手はマイクなど拡声器を使用せずに広い会場の隅々まで自分の声を伝える必要があります。そのために喉周囲の組織をバランスよく使い、横隔膜を使う腹式呼吸で胸郭全体を発声器として用いているようです。声楽における腹式呼吸で調べると、下では肛門周囲筋から始まり骨盤支持筋、腹斜筋、脊柱支持筋を活用し、さらに上に向い胸郭、頚部そして頭まで使うようです。これはトレーニングで言われているコア・マッスルの訓練に近いものではないでしょうか。

 美しく大きな発声には正しい姿勢が欠かせません。Movingの31号では世界的に有名なソプラノ歌手中丸三千繪さんが登場されていますが、インタビューで「歌うときに脚を踏ん張る」とあります。高齢の方に起きるせぼねの変形が問題となっていますが、普段からの正しい姿勢は間違いなく予防効果があります。また、呼吸は発声と密接な関係がありますが、正しい呼吸法は痛みの治療で注目されている認知行動療法を実践しているようなもので、精神面への効果がありますし、脳の活動にもよさそうです。

 声楽家が長く現役でいるためには各部位への過度な負担を避けたパファーマンスが必要であり、普段の心がけが必要な点もスポーツ選手と似ています。先ほどのインタビューでソプラノ歌手は「アスリートに近い体力と先進力が求められる過酷な職業」であり、「いつまでも長く歌を歌い続けるため」に高地トレーニングや、ランニング、筋トレ、水泳などを行い、徹底的に体を鍛え直した」とあります。

 現在、舞台芸術も世界中でさまざまな制限を余儀なくされておりますが、大きな声で歌うオペラも厳しい状況にあります。新型コロナウィルスへの対応が進み、スポーツとともにオペラ歌手のパファーマンスを対面して満喫できる日が一日も早く訪れることを願ってやみません。

文・竹下克志(自治医科大学整形外科学教室 教授)