コラム 2022.09.02

コロナ禍における「幼児」の運動能力の低下について 安部孝文(島根大学研究・学術情報本部地域包括ケア教育研究センター助教)

コロナ感染急拡大の「第7波」について連日、報道されています。これまで数回の緊急事態宣言やまん延防止重点措置などをはじめとするコロナ禍の行動制限は、子どもからお年寄りまで、さまざまな影響を及ぼしています。特に”運動量”が減ったことで、運動器の健康には大きな影響があると考えられています。とくに今回は、「幼児の運動能力の低下」について研究をしている島根大学研究・学術情報本部地域包括ケア教育研究センターの安部孝文助教にお話を伺いました。

安部孝文さん(あべ・たかふみ)/島根大学研究・学術情報本部地域包括ケア教育研究センター・助教。同大学大学院医学系研究科整形外科学教室において博士号(医学)を取得。島根県中学校の保健体育教諭として勤務した後、同県雲南市役所身体教育医学研究所うんなんにおいて子どもから高齢者までの運動器の健康づくりに関する運動疫学研究に取り組み、現職に至る。

明らかになっていたコロナ禍の影響

 2020(令和2)年4月7日、日本では、新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言が7都道府県に発出され、その後、全国に範囲が拡大されました。緊急事態措置は、5月31日まで継続され、これ以降、私たちの生活は、普段と大きく変わりました。その影響が長引くにつれて、子どもたちの心身の健康や学びの機会の喪失など様々な課題が生じていると考えられます。

 例えば、スポーツ庁が実施した「令和3年度全国体力・運動能力、運動習慣等調査」の結果では(1)、小・中学生の男女共に体力の合計得点が、コロナ禍前の令和元年度と比べて低下していました。その原因として、運動時間の減少学習以外のスクリーンタイムの増加、肥満者の増加が報告されています。また、伊藤らが実施した6~7歳の子どもを対象にした研究では(2)、身体機能の片足立ち時間の減少、1か月間の転倒数の増加、そして体脂肪率の増加が報告されています。

 このようにコロナ禍の生活の変化によって、児童生徒の体力や身体機能に悪影響が及んでいることが報告されています。しかし、コロナの影響は児童生徒のみならず、さらに低年齢の幼児期にもあることが予想されますが、その現状についてはこれまで十分わかっていませんでした。

島根県雲南市で行った幼児を対象とする研究から明らかになったこと

図1:コロナ前とコロナ禍のソフトボール投げの比較

 島根県雲南市では、平成24年度に独自の幼児期運動プログラムを策定し(3)、全市で取り組みを推進しています。今回、著者らが行った研究では(4)、同市の運動プログラム推進の一環として就学前施設で実施された運動能力調査のうち、コロナ前(2019年10-11月)の21施設608人とコロナ禍(2020年10-11月)の17施設517人の比較検討を行いました。その結果、全ての学年(年少、年中、年長児)において、ソフトボール投げの記録が下がっていることがわかりました(図1)。

 ソフトボール投げは、巧緻性という全身の動きを調整する力を示しており、コロナ禍でこの巧緻性を高める運動経験が不足している可能性が考えられました。特に、投げる動作の獲得には、ボールのように特別な用具を利用して、遊びのなかで動作を繰り返し経験することが必要です。コロナ禍において、就学前施設内でのボールを用いた活動は、ボール等の遊具がウイルスを媒介してしまうことや集団遊び(密集や密接)など感染の危険性を高めることから、控えていた可能性が考えられます。

図2:コロナ前とコロナ禍の25m走の記録の比較

 また、素早さや力強さの指標である25m走の記録も、コロナ前よりもコロナ禍の方が年長児において低いことがわかりました(図2)。この結果は、児童生徒と同様に身体全体を動かす運動や遊びの量や種類の不足(偏り)によるものと考えられます。

 今回の報告は、一つの限られた地域の知見ですが、おそらくこのような運動能力の低下は、全国的にも起こり得るものと予想されます。心身の発育発達の基礎である幼児期においてもコロナ禍の影響が生じており、生涯にわたる健全な心身の育成の観点からも、適切な運動や遊びの機会確保といった対策を講じる必要性を示しています。

今後の対策として考えられること

 文部科学省が策定した幼児期運動指針では(5)、幼児期に獲得したい3つの基本的な動きとして「体のバランスをとる動き」、「体を移動する動き」、「用具等を操作する動き」が示されています。発達に応じて、この3つの動きを組み合わせ、取り入れることで身に付けることができます。また、1日あたりの運動・遊びの時間の目安は、合計60分以上とされています。就学前施設では、これまで通り、感染対策を行いながら、多様な運動や遊びの経験ができる環境づくりを行うことが大切です。

 また、感染が拡大し自宅で過ごす時間が増えた場合にも、テレビやゲームなどのメディアに接する時間や座って過ごす時間を短くすることも大切です。コロナ禍にできる活動として、様々な団体から、参考になる運動・遊びの事例が紹介されています。下記を参考に、就学前施設や自宅で少しでも取り入れてみてはいかがでしょうか。

 

参考文献

▶︎(1)スポーツ庁.令和3年度全国体力・運動能力、運動習慣等調査報告書.2 0 21.https://www.mext.go.jp/sports/b_menu/toukei/kodomo/zencyo/1411922_00003.

html

▶︎(2)︎Ito T, Sugiura H, Ito Y, Noritake K,Ochi N. Effect of the COVID-19 emergencyon physical function among school-agedchildren. Int J Environ Res Public Health.2021;18:9620. https://doi.org/10.3390/

ijerph18189620.

▶︎(3)雲南市役所子ども政策局. 雲南市幼児期運動プログラム. https://www.city.unnan.shimane.jp/unnan/kosodate/soudan/appr02.html

▶︎(4)Abe T, Kitayuguchi J, Fukushima N,Kamada M, Okada S, Ueta K, Tanaka C,Mutoh Y. Fundamental movement skills

in preschoolers before and during theCOVID-19 pandemic in Japan: a serialcross-sectional study. Environ Health Prev Med. 2022;27(0):26. https://doi.org/10.1265/ehpm.22-00049

▶︎(5)文部科学省.幼児期運動指針. 2 012.https://www.mext.go.jp/a_menu/sports/undousisin/1319192.htm

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