運動器の健康・日本賞

2021年度 運動器の健康・日本賞

審査委員による選評

当協会では、今般の審査にあたり、下記の13名による審査委員会で厳正な審査を行いました。

審査委員
松下 隆
専務理事 福島県立医科大学外傷学講座主任教授/総合南東北病院外傷センター センター長/新百合ヶ丘総合病院外傷再建センター センター長 
稲垣 克記
理事 昭和大学病院附属東病院病院長
竹下 克志
理事 自治医科大学整形外科教授
三上 容司
理事 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院副院長
武藤 芳照
理事 東京大学名誉教授/東京健康リハビリテーション総合研究所 所長
吉井 智晴
理事 東京医療学院大学保健医療学部リハビリテーション学科 教授
早野 晶裕
エーザイ㈱ 4P3戦略部プライマリーケアグループ グループ長
奥村 滋子
第一三共㈱ マーケティング統括部プライマリ・マーケティング部 部長
杉村 光太郎
久光製薬㈱ 上席執行役員 医薬事業部事業部長
山本 寛和
小野薬品工業㈱ 営業戦略統括部 部長
横尾 岳
日本イーライリリー㈱ サインバルタペインブランドチーム 製品企画部長
江波 和徳
共同通信社 オリンピック・パラリンピック室次長 編集局企画委員
中村 幸司
NHK解説委員室 解説委員
運動器の健康・日本賞 選評
応募事業・活動の名称
機器を使わない運動を中心とした自助・共助・公助を生かした地域づくり
応募団体・個人
国際医療福祉大学 理学療法学科

 大田原市では、高齢者幸福課、地域包括支援センター、社会福祉協議会および国際医療福祉大学理学療法学科が共同で、高齢者の運動機能維持を目指す本事業を15年間続けてきた。大田原市には高齢者の集まる場所として、「高齢者ほほえみセンター」25箇所、「大田原いきいきクラブ」53箇所、「その他住民活動場所」61箇所が整備されている他、市内12地域で行われている「見守り事業」では2490名の見守り隊によって地域支援活動が行われている。年に1度、市の介護予防事業として地域在住高齢者の体力測定(握力、歩行速度、バランスなど)を約400名に実施しているが、この事業のユニークな点は、他者と比較するのではなく、これまでの自分のデータと比較できる仕組みを構築し、参加者にフィードバックしている点である。年に一度でも自分の体の変化を確認することで、健康を意識し維持・向上する機会を作っている。更に大田原市オリジナルの「与一いきいき体操」を作成し、この体操を普及させるために運動を指導するボランティアを育成する目的で「与一いきいきメイト養成講座」を開催し、前期高齢者が後期高齢者を支える形で市内に広く展開している。この体操の長所は機器を使用せず、自宅でも運動ができるため、コロナ禍でも継続することができる点である。

 以上のように大田原市では、<自助>与一いきいき体操の実施、体力測定の複数年の結果認知、<共助>高齢者ほほえみセンターの運営、大田原いきいきクラブ・住民活動の運営、与一いきいき体操の集団実施、見守り事業の運営、<公助>高齢者ほほえみセンターの設置、高齢者ほほえみセンターのボランティア育成、与一いきいき体操の作成、見守り事業の先導、体力測定の企画・実施などを組み合わせ、15年の長きにわたって市を挙げて地域の高齢者の健康維持に取り組んでおり、COVID-19の環境下でも高齢者の健康を維持している。依ってこの活動は運動器の健康・日本賞に相応しいと考えた。

審査委員:松下 隆
運動器の健康・優秀賞 選評
応募事業・活動の名称
産官学連携による包括的なフレイル・ロコモ・認知症予防プロジェクトの実践
応募団体・個人
大阪河﨑リハビリテーション大学 つげさん認知症・ロコモ予防プロジェクトチーム

 大阪河﨑リハビリテーション大学つげさん認知症・ロコモ予防プロジェクトチームは、2017年以来、行政、企業と連携して、地域の高齢者を対象にフレイル、ロコモティブシンドローム(ロコモ)、サルコペニア、認知症などの予防に関する活動を行ってきた。その内容は、ボランティアの養成、多角的なヘルスチェック、運動教室開催などである。特に、ヘルスチェックに関しては、「認知症・ロコモ予防ボランティア養成講座」を開催し、養成したボランティアが医師・理学療法士・作業療法士などと一緒に検査測定を行っており、地域住民の自発的・積極的な参加を促進する仕掛けが作られている。注目に値する取り組みである。また、運動機能、認知機能を測定した後、対象者のデータを行政と情報共有して、必要に応じて地域包括支援センターから個別に対応する仕組みが構築されており、公助も実践されている。運動教室では単に集合して運動・体操を行うだけでなく、参加者に活動量計の貸し出しを行い、セルフモニタリングの習慣化を図り、さらに、3ヵ月の運動教室終了後には参加者に自主グループの結成を呼び掛け、継続的な運動習慣の獲得、運動機能の向上に成果をあげている。

 産官学が連携して、地域在住高齢者のフレイル・ロコモ・認知症予防対策が実施されており、まさに、自助・共助・公助を具現化した取り組みである。優秀賞にふさわしい取り組みであり、今後の継続した取り組みとさらなる成果が期待される。

審査委員:三上 容司
応募事業・活動の名称
超音波野球肘検診を主体とした野球活性化、そして地域活性化の取り組み
応募団体・個人
山形大学整形外科学講座

 繰り返しの投球動作に起因する野球肘(やきゅうひじ)は、成長期の選手にとっては、やっかいな問題だ。痛みのためにパフォーマンスが低下したり、悪化すれば野球を続けること自体が難しくなることもある。日本高校野球連盟の関係者によると、超音波を使っての診断は近年、全国に広がりつつあるが、山形大学整形外科学講座では2001年から検診を開始している。小学2年生50人、中学1年生20人で始まった活動は徐々に広がり、2010年からは山形県高校野球連盟との連携へとつながった。検査で疑いが認められた選手には2次検診の受診を指導して野球肘を見逃がさないように努めている。

 また、野球人口の減少への対応として県内の還暦野球(高齢者野球)、女子野球との交流や、投手が投げる代わりにバッティングティーのボールを打つことから始めるティーボールの普及などを推進する目的で2017年に山形県野球活性化推進会議を立ち上げるなど、新たな事業の展開も見据えている。

審査委員:江波 和徳
運動器の健康・奨励賞 選評
応募事業・活動の名称
呉市骨粗鬆症重症化予防プロジェクト
応募団体・個人
呉市地域保健対策協議会「骨粗鬆症地域包括医療体制検討小委員会」

 超高齢社会の我が国の社会的課題の一つである介護予防のための行政と医療者が協働した多職種連携による地域住民への取り組みである。

 高齢者の寝たきり・要介護の主要な原因の一つである骨粗鬆症を基盤とした転倒に伴う脆弱性骨折の適切な治療を継続させるために、「医科歯科連携」を中核にして、市行政、医師、歯科医師、看護師、歯科衛生士、薬剤師、理学療法士等が連携・協力している。骨粗鬆症のリスクの程度に応じた介入(とりわけ、骨吸収抑制薬関連顎骨壊死(ARONJ)予防対策や顎骨パノラマX線写真を導入・活用している点が特徴)を、高リスク群への受診勧奨、中リスク群への服薬指導や運動・栄養・生活指導、低リスク群への教育・啓発活動等の多様な介入を行い、骨折患者数の低下、健康寿命の延伸、医療費の削減に結びつけようという、壮大な健康政策の実践であり、全国に先駆けた優れた事業として、高く評価された。

審査委員:武藤 芳照
応募事業・活動の名称
介護予防における県・市町・大学の連携事業
応募団体・個人
新潟医療福祉大学ロコモ予防研究センター

 健康寿命の延伸のために、介護予防、中でもロコモティブシンドロームの予防が重要である。しかし、その大切さを理解していても、すぐに運動に繋がるものでもない。人の行動変容はなかなか複雑である。そこに挑んだのが貴事業の「見える化」である。新潟県、県内6市区町、大学が連携し、地域高齢者を多角的に評価し、その結果を個人シートという形で「見える化」さらに、4つの介入プログラムを作成し、それに参加できる通いの場を「見える化」した。評価の過程で大変興味深かったのが、姿勢の変化の「見える化」である。自分の姿を客観的に見せることは、どんな言葉より雄弁に事実を語る。自分の姿を見たら、誰でも運動のモチベーションがアップするはずである。そして身体機能が改善すると姿勢は明らかに変化する。正論を解くより、事実を伝え、ちょっと背中を押してあげる、そのナッジの仕組みを作った点が素晴らしい。主役である住民が「我がこと」として、自身に向きあう効果だけではなく、今後、このツールは、新潟県全体へ展開されるそうである。益々の活動拡大とその成果に期待し、奨励賞の受賞となった。

審査委員:吉井 智晴
応募事業・活動の名称
高校野球選手の健全な野球環境構築の包括的な取り組み(高校野球選手における野球障害の早期発見、予防啓発活動)
応募団体・個人
群馬大学整形外科、群馬大学保健学科リハビリテーション講座

 2002年から疲労蓄積に伴う投球障害を予防することを目的として、高校野球選手を対象に、夏の選手権大会、春季大会、秋季大会、及び群馬県で開催された関東大会で、選手へのメディカルサポート、及び来場した観客への緊急対応を永年に渡り行っている。

 また、理学療法士と共に野球選手のコンディションチェックを行い、改善が必要な場合には理学療法士による理学療法指導を行っている。本団体が作成した野球ノートには選手自身が毎日の詳細な練習状況(全力投球数、練習時間)や体調状況(肩肘関節痛の有無、投球休止の有無等)を記録することができるようになっており、野球指導者と選手個々がコンディションを共有し、選手がより安全に野球に取り組めるように環境作りと大会運営に貢献している。そして野球指導者にはメディカルチェック当日のみならず、あらためてメディカルチェック総括報告会を開催し、選手たちのコンディションをフィードバックすることで日々の野球指導に活用していることも評価する点である。

 現在、高校野球投手の公式戦での一週間当たりの投球数を制限することが議論されているが、予防を目的とするこの取り組みが選手の肩・肘だけでなく、全身のコンディション維持につながることを期待したい。

審査委員:杉村 光太郎