運動器の健康・日本賞

2024年度 運動器の健康・日本賞

審査委員による選評

当協会では、今般の審査にあたり、下記の11名による審査委員会で厳正な審査を行いました。

審査委員
三上 容司
専務理事理事 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院 病院長
稲垣 克記
理事 昭和大学病院附属東病院 客員教授
竹下 克志
理事 自治医科大学 医学部整形外科 教授
武藤 芳照
理事 東京大学名誉教授/(一社)東京健康リハビリテーション総合研究所 所長
吉井 智晴
理事 東京医療学院大学 保健医療学部 リハビリテーション科 教授
田尻 康人
理事 地方独立行政法人 東京都立病院機構 東京都立広尾病院 病院長
早野 晶裕
エーザイ㈱ エーザイ・ジャパン 製品戦略推進部 プライマリーケア室 室長
小林 範行
第一三共㈱ プライマリ・マーケティング部 骨関節・ペイン・感染症グループ グループ長
鶴田 光利
久光製薬㈱ 執行役員 医薬事業部 事業部長
江波 和徳
共同通信社 編集局スポーツ企画室委員
中村 幸司
NHK解説委員室 解説委員
運動器の健康・日本賞 選評
応募事業・活動の名称
「白ねぎ作業改善プロジェクト」
応募団体・個人
鳥取県西部農業改良普及所/鳥取大学医学部保健学科/鳥取大学医学部整形外科

 まず、そのタイトルに目を奪われた。白ねぎ!?、白ねぎ作業改善!?、何だこれは、白ねぎが運動器とどう関係するのだろうか?といった思いが頭をよぎる。そして、その思いのままに申請書類を読み進めるうちに、得心がいった。これは、地元の名産品である白ねぎを生産する農家の方々の身体と誇りを守り、ひいては地域を守る一大プロジェクトである、と。

 白ねぎは鳥取県西部の名産品の一つであるが、その生産者への身体負荷が大きい。アンケート調査を行ったところ、白ねぎ生産者の54%に腰痛を認め、30%に腰痛で通院しているという状況が明らかになった。これに対して、まず、作業状況、作業環境を調査し、問題となる作業・環境を特定したうえで、鳥取大学が中心になって、農具や機械の改良・開発を行った。それと同時に、生産者に対して腰痛の基礎知識の講演を行い、理学療法士が腰痛予防の筋力強化やストレッチ指導などの実技指導を行った。また、これをもとに腰痛予防のための「腰ラクラク白ねぎ体操」の動画を作成し、行政の協力も得て、既存のオンライン動画共有プラットフォームや県のHPに掲載し、JAを通じてパンフレットを生産者に配布し周知した。さらに、このプロジェクトの効果を検証したうえで、白ねぎ農家以外の生産者にも腰痛対策を広げようとしている。

 腰痛は運動器領域ではありふれた疾患、症状であるが、その治療はなかなかやっかいである。現場から出された腰痛という手ごわい課題に対して、現場、大学、行政が密に連携して一体となってその解決にあたったという素晴らしいプロジェクトであり、今後の更なる展開が期待できる。まさに、日本賞にふさわしい事業である。

審査委員:三上 容司
運動器の健康・優秀賞 選評
応募事業・活動の名称
オンラインDEスポレク教室
応募団体・個人
一般社団法人こみゅと小平/こみゅステージ

 古来、「禍福は糾える縄の如し」と言われる。新型コロナウイルス感染症(COVIDー19)の大流行により、外出・対面・集合の行動が制限され、子どもから高齢者、そして障害児・者や医療的ケアの必要な児・者は、突然、運動という健康法、楽しみ、リハビリテーションやケアの時間・空間・仲間を失ってしまった。

「家族でもできる身体のケア方法や障害者が家でも出来る運動を知りたい」という当事者らからの切なる叫びと熱い要望を契機に、それをオンラインの方式で実現して、全国に広げたのが本事業である。

 障害当事者団体(こみゅと小平)とリハビリテーション専門職組織(こみゅステージとの協働により、スポーツ・レクリエーション・リハビリテーション・ケア、息抜き、社会との絆などの意義と効果のある「スポーツ・レクリエーション教室」が、オンラインで展開され、家庭から、いつでも参加出来る形態と内容が工夫され、新たな道が拓かれ、希望の輪が広がった。支援者の心身の健康にも配慮したプログラムも付加される。

 感染症に負けない「強いやさしさ、やさしい強さ」を基盤に、当協会の理念である「動く喜び 動ける幸せ」を体現し、時宜を得た優れた事業であり、優秀賞に誠にふさわしいと判断した。

審査委員:武藤 芳照
応募事業・活動の名称
『生涯元気でご活躍』を応援するまちぐるみの転倒骨折予防プロジェクト
応募団体・個人
千葉県山武市

 高齢者にとって健康寿命の延伸は重要なテーマである。新型コロナ感染症が一気に拡大した2020年4月に千葉県山武市が自治体主導でスタートさせた町ぐるみでの転倒骨折予防プロジェクトは、ロコモティブシンドロームやフレイルの危険性が高まる高齢者への啓蒙活動としての役割が評価できる。大学や関連施設の協力を得ながら事業を推進している点も、これからの事業のモデルケースとなる可能性を持っている。

 山武市では①自己管理法の習得・定着によっていつまでも転ばない状態を目指す②自分らしい現役生活が見つかりやすいまちを目指す③転倒骨折を予防し、社会保障費の適正化につなげる―を事業の柱として掲げている。計画した事業に改善を加えながら適切に推進していこうとする「PDCAサイクル」を踏まえた山武市のモデル事業として、課題解決に筑波大学の協力を得ながら、現在ではシルバー人材センター、包括支援センター、地域の中核病院、診療所地域リハビリテーション広域支援センターとの連携関係を構築し、ひとつのプロジェクトシームとしての事業展開が始まっているという。

 医療領域の課題として捉えがちだった転倒骨折を、より広範囲の課題として捉えている。山武市によると医療費の削減にも効果が出ているという。

審査委員:江波 和徳
運動器の健康・奨励賞 選評
応募事業・活動の名称
幼児を対象とした浮き趾調査と足育活動
応募団体・個人
Tptティプト

 運動不足や生活習慣の変化は、人の健康や成長に大きく影響してきている。それは、幼児も例外ではないことは想像できるが、一般の人がその影響を具体的に認識するのは難しい。Tptティプトは、足の指が接地しない「浮き趾」に注目した。立った姿勢で足の接地状況を確認できる器具を用いた調査を北海道鷹栖町の幼稚園と保育園で行い、80%以上の幼児に浮き趾があるという結果を得た。この器具では、外反母趾や偏平足の有無などもわかる。

 浮き趾は、日常生活の中では気づきにくいが、この器具による結果は専門知識がなくても視覚的にわかりやすい。さらに結果について、理学療法士がコメントを添えてその解釈を保護者にフィードバックしている点は評価したい。低年齢を対象にすることで、いわば“早期発見”につながり、保護者が子どもの生活を見直すきっかけになると考えられる。

 浮き趾とされた幼児が改善したかどうか中長期的にフォローを行うなど、地域と連携したこの取り組みのさらなる展開にも期待したい。

審査委員:中村 幸司
応募事業・活動の名称
ニュースレターから始まる「足育」普及・啓発活動
応募団体・個人
成田あすか(みやざき足育センター代表、特定非営利活動法人日本足育プロジェクト協会理事)

 子どもが健康な足に成長するために、必要な足・爪のケア、正しい靴の選び方や履き方、適切な運動を日常の習慣に取り入れていくことで、様々な足のトラブルを未然に防ぐことを目的とした「足育」は、協会の基本理念である“動く喜び動ける幸せ”の実現に不可欠な活動の一つであると言える。

 しかし、子どもの健康に高い関心をもつ人でも、足や靴の重要性は理解されにくく興味を引き起こすのが課題となっていた。

 成田氏は、2014年からニュースレターを発行し、「足育」という言葉の認知および子供の足と靴の大切さの普及に取り組んでいる。現在では、宮崎県内の子育て支援センター、幼稚園・保育園、認定子ども園にニュースレターを送付し、活動の幅を拡大している。

 本活動は、全身を支える大切な土台である足の成長過程で、最も重要である幼少期に対するアプローチが高く評価された。

 今後も、健康な足を意識した「足育」がさらに普及していくことが期待される。

審査委員:小林 範行
応募事業・活動の名称
松代膝検診
応募団体・個人
松代膝検診研究班

 「松代膝検診」は、変形性膝関節症の自然経過,危険因子を知る目的で新潟県松代町において縦断疫学調査(松代膝検診)を長年にわたって行った事業活動である。検診結果から明らかになった経年的はひざ関節症の危険因子として,反映する各因子を明らかにした。長期にわたる研究成果が参加者にフィードバックされている点も評価するものである。さらには行政と共に広範な活動を多職種により行なっており、地域の膝関節診として成果を認めたためその意義を評価した。変形性関節症は多因子疾患であり,その病態や危険因子などについては不明な点が多い。今後も継続して地域事業を前向きに展開することにより新たな予防プログラムが活性化し全国展開してゆくことを期待したい。

審査委員:稲垣 克記
応募事業・活動の名称
福島県野球検診・メディカル講習会
応募団体・個人
福島県理学療法士会/福島県立医科大学整形外科学講座/福島県立医科大学スポーツ医学講座

 福島医大整形外科医師による学童期野球肘健診として2007年から開始され、その後理学療法士会の主催となり県全域の小中学校生を対象とした検診として安定した活動を行っている。さらに2014年からは高校生対象にメディカル講習会が開催され、COVID−19流行下においても方法を工夫し継続した活動が行われた。大会やイベント会場に医師と療法士が出向き、野球肘早期発見のための肘痛に関するアンケート調査や超音波検診、予防のためのメディカルチェックとストレチ講習会を実施し、個々の選手ごとに機能改善方法のフィードバックやセルフチェックの指導を行い、必要に応じて医療機関での二次検診につなげている。これらの活動により、検診受診者は年間1800名に到達し、また高校生のアンケートによる疼痛有病割合は講習会活動5年で肘、肩、腰ともに10%以上低下を認めた。このような結果は大変素晴らしい成果であり受賞にふさわしい活動である。

審査委員:田尻 康人
応募事業・活動の名称
「青少年野球選手に対する医科学サポート:小学生から高校生まで-15年間の取り組み-」
応募団体・個人
京都府立医科大学大学院医学研究科 運動器機能整形外科学(整形外科学教室)

 京都府立医科大学大学院医学研究科 運動器機能再生外科学(整形外科学教室)では、2008年から京都府全域の小中高の野球選手30,000名に対して、野球肘を中心にスポーツ障害の早期発見・早期治療の医科学サポートを行ってきた。青少年期野球選手の代表的な疾患である上腕骨小頭離断性骨軟骨炎(小頭OCD)は、初期は痛みが少ないため発見が遅れ進行し手術に至ることがあり、多くの野球選手を悩ましている。本活動を通じた早期発見が保存治療での競技復帰を可能とし手術例の減少などの成果を認め、本会の基本理念である「動く喜び動ける幸せ」を体現する活動であると評価できる。

 また、検診活動だけでなく高校野球大会での救護スタッフ支援、指導者・保護者・選手へのスポーツ障害研修など、地域に根付いた持続性ある活動が行われている。今後も多職種による医科学サポートが発展され、スポーツを通じた青少年の育成に貢献されることを期待している。

審査委員:早野 晶裕