コラム 2020.11.30

「ホルモン」と「運動器の痛み」って関係ある?

腰痛や手足の関節痛などの運動器の“痛み”は、なんとなく「神経だけの問題」と思っていますが、実は、「ホルモン」も深く関係しているといいます。今回は、そのホルモンと運動器の痛みについて、愛知医科大学 学際的痛みセンター・運動療育センター教授・牛田享宏先生が解説します。

ホルモンと身体(運動器)への役割

 ヒトの身体は37兆個の細胞からできていると言われています。その細胞を高位で統合するのは脳ですが、実際には “神経”、“ホルモン”、“免疫”などが身体に働いて私たちの身体を一定の条件で維持しています。中でもホルモンは細胞同士を物理的につないで情報を直接やりとりする“神経”と違い、血液などで運ばれ、より離れた細胞の間での情報伝達をスムーズに行っています。また、少量でも広い範囲の臓器に作用し、成長や成熟、生殖機能などにも様々な役割を担っています。

たくさんあるホルモンの中で骨の生成に関係するものとしては「副甲状腺ホルモン」があります。頚部の副甲状腺から分泌されると骨や腎臓に働きかけて血中カルシウム濃度を上昇させる働きが知られています。また、筋肉の生成に関しては特に「男性ホルモン(テストステロン)」が知られています。男性におけるテストステロンの大部分は生殖腺である睾丸(一部副腎)で合成・分泌され、女性でも少量が卵巣や副腎で合成・分泌されることが判っています。

ホルモン異常と痛み

 ホルモンは“痛み”とはあまり関連がないように思われがちですが、実はそうではありません。一つの例として「副甲状腺機能亢進症」という疾患があります。この病気では副甲状腺ホルモンが過剰に分泌されますが、それにより骨に含まれるカルシウムを血液中へ放出させ、腎臓からの再吸収を促進したりした結果、時間の経過とともに骨粗鬆症や骨折、運動器の痛みを引き起こすこともあるのです。

副甲状腺ホルモンの働き (PTH:副甲状腺ホルモン)、Ca:カルシウム、VitaminD:ビタミンD

 

性ホルモン異常と運動器の痛み

①テストステロン

先の副甲状腺機能亢進症はまれな疾患ですが、痛みへの関与が大きいと言われているのは,テストステロンであり、様々な研究がされています。

米国プリンストン大学が行った、スズメの実験を紹介します。ふつうのスズメは48℃のお湯に足をつけても平気ですが、お湯の温度を上げて52℃を超えると痛みで足を引っ込めるようになります。

普通のスズメは、熱いお湯だと痛い!

 

 一方、テストステロンを投与されたスズメは、52℃の熱いお湯でも、普通のスズメより3倍長い時間、足を湯の中につけていました。

テストステロンを投与したスズメは、熱いお湯も平気!

 

 簡単にいうと、男性ホルモンでスズメは痛みに強くなったのです。さらに、テストステロン の効果をブロックする薬を投与すると、今度は48℃のお湯でも足を上げるようになり、痛みに対する抵抗力が弱くなっていました。。

テストステロンをブロックする薬を投与したスズメは、ぬるいお湯でも痛い!

 

 最新の研究でも、全身の筋肉が痛くなる線維筋痛症という病気の患者に対してテストステロンを投与することで疼痛改善効果が報告されています。

②更年期障害

 身近にホルモン異常による運動器の痛みが引き起こされる状態として、女性の閉経期前後に見られる更年期障害があります。その症状はホットフラッシュなどの自律神経系の愁訴が多いのですが、実は手足の関節痛や運動器の不調を訴えることも多くみられます。その要因として閉経期には女性ホルモン(エストロゲン)が低値になることからその関係が推察されますが、これまでの研究ではエストロゲンの減少が直接痛みに関与するか?については意見が分かれており、まだ結論は出ていません。実際、血液のホルモン値は正常範囲でも関節の痛みを訴えるケースも多くあることもしばしば経験します。ただ、エストロゲンをはじめとしたホルモンは微量でも強い効果を発揮するため、それによるバランスの乱れにからだがついていけず、自律神経や精神状態にも不調が起こり痛みにつながることも考えられるところです。

最後に

 様々なホルモンは我々のからだの痛みをはじめ様々な病態に関係しています。これらはその大きな効果から副作用も生じやすいですが、逆にうまく利用した運動器疼痛の治療法の開発が待たれるところです。

 そのほかホルモンに関しては、モルヒネ系鎮痛薬の長期投与によりテストステロンの分泌低下が引き起こされることなども報告されており、これらの薬を使用する場合は注意することも忘れてはなりません。

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