コラム 2019.04.25

連載・武藤芳照の面白ゼミナール第3回「紅差し指」

 昔、女性が、口紅を塗る時、ハマグリの貝合わせの容器から、口紅を指に付けて唇に付ける仕草をしていた。映画やテレビの時代劇の一場面で、時に描かれることがある。

 では、その指は、5本の指の内、どれだろうか。この質問に対して、学生たちや若い女性の多くは、「小指」と答える。まさか親指で紅をつける人はいないだろうが、人差し指でもなく、中指でもなく、正解は、「くすり指」だ。医学用語では、「環指」、英語では「ring finger」と呼ぶが、「くすり指」の方が一般的だろう。

 元々は、薬を水に溶かしたり、塗る際に使われたことから「くすり」の名が付いたようだ。医者のことを表わす「薬師(くすし)」を付して「薬師指」と呼ぶのも、ほぼ同じ理由だろう。

 5本の指の内、薬や口紅を塗るのにくすり指が使われてきたのは、手指の解剖・構造上、もっとも独立した動きが弱いためと考えられている。特に、一本一本の指を伸ばす運動についていえば、親指(母指)、人指し指(示指)、小指には独立して伸ばすための固有の腱が備わっており、親指以外の4本の指は、一度に伸ばすことができる仕組みになっている。くすり指は、両隣の指の腱膜と強く結びついているため、独立して伸ばすことが難しい。

 したがって、5本の指のうち、「もっとも動かしにくい指」であり、普段あまり使われない分、清潔であり、安全な指なので、口紅や薬を塗ることに使われるようになったのだろう。「お姉さん指」と呼ばれるのも、そんな「やさしさ」を表わしている。そう言えば、スポーツの球技でしばしば起きる突き指は、くすり指に多い。とっさの際にボールから逃げようとしても、もっとも動かしにくく、他の指よりも遅れるためにボールが当たってしまうのかもしれない。

 5本の指の内、「もっとも動かしにくい」のは、「もっとも従属的」と捉えることもできる。したがって、右手に対して左手は従属的であり、他の指に対して従属的な左手のくすり指に結婚指輪をはめるのは、「私はあなたに従います」という証しという説もある。ただし、男性と女性と、どちらが従属的になるのかは、カップルごとにきっと違うことだろう。

 石川啄木の短歌にあるように、時には「じっと手を見る」ことも良いかもしれない。そして、「紅差し指」を少しだけ動かしてみてはいかが。

 

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